2011/11/13 読売巨人軍の内紛 @千種区 内科

2011/11/13 読売巨人軍の内紛 @千種区 内科

2011年11月13日

今日は、久しぶりに医療とは全く関係ないことを書きます。
11月11日の午後の、清武球団代表の記者会見は凄かったですね。
これは大事件だ、と胸騒ぎを覚えました。
清武代表の涙を見れば、今回のヘッドコーチ人事のことだけではなく、積年の思いをぶちまけていることは、容易に想像できます。

しかし残念なのは、このあとのマスメディアの反応です。
各紙もテレビも、渡邉恒雄会長があまりにも強大な権威なものだから、せいぜい中立の立場か、あるいはどうしても清武代表を批判する口調になっていますね。
社長や会長への予告なく会見を開き、目上の人にたてつくなんてとんでもない暴挙とか、しかも日本シリーズ開幕の前日に事を起こすのは常識がない、とか・・・
といった具合に。
しかし、歴史が変わるのには、こういった大事件というか、暴挙、奇襲がつきものだったのでは。

ここで思い出してしまうのが織田信長で、桶狭間の戦いはまさに奇襲。
そして自らが本能寺の変で命を絶たれたのも、奇襲。
これらはまさに歴史を変えた大事件だったはずで、信長はその主役と被害者の両方になったのですね。
明智光秀は、将軍足利義昭への仕打ちや比叡山焼き討ちといった、信長の常軌を逸した行動に業を煮やし、国を守る大義名分として信長を討ったはずで、本来智将であったのにもかかわらず、歴史的には謀反人となっています。
事件直後に細川藤孝(桃井社長)らに見放されて孤立してしまったあたりまでは、今回の清武代表は光秀にそっくりですね。

と思っていたら、同じことを感じてネットに書き込みをしていた方が、何人もいたようです。
やっぱり皆さん同じことを思っておられるようです。
まあこのあと、何が起こるのか注目です。
歴史が変わるのか、はたまたある意味で「期待通り」になるのかどうか。
清武代表が球団を去る結果になったとしても、その勇気ある行動は、すがすがしい武士そのもので、「清武」代表の名前は、偶然とは言えそれを物語っています。

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